「居住区、異常ありません」
「カフェ、異常ありません」
「庭園A区、異常ありません」
「庭園B区、異常ありません」
「庭園C区、異常ありません」
 その日、水色髪の男女がいつもどおり報告をしていたの。
 私の名はマルセル。時空の狭間に浮かぶ"楽園"──"水色の庭園"の統治者にして管理者。
女王様、なんて呼ぶ人もいるけどね。

「マルセル様。来訪者が謁見を求めておりますが、いかがなされますか?」
「来訪者ですって? 珍しい事」
 本当に、珍しいわ。どのくらいぶりだったかしら。
「どんな方?」
「庭師の三郎と名乗っています」
「庭師、三郎……ですって?」
 私は、思わず目を輝かせたわ。
庭師三郎。時空の旅人として、少しは名の知れた人。
噂では、あのエイリアス──かつてのモスタリアの統治者にして管理者──その弟、ウィローその人だと言われる、優れた時空魔術師だと聞いていたの。
 この"楽園"に何かあった時、力になってもらえれば心強いし、そうでなくても面白い話が聞けそうだわ。
「すぐ、お通ししてちょうだい」
「はい、かしこまりました」

 扉が開いて、深緑のコートと帽子を身につけ、大きな黒いトランクを持った男の人が入ってきたわ。
すらりと線が細い長身で、コートの上からでもスタイルの良さがわかったわ。
「はじめまして、庭師の三郎と申します。お会いできて光栄です」
 高くもなく、低くもなく、耳触りのいい音楽的な声。
「はじめまして。マルセルよ。もっと良く顔を見せてちょうだい」
「これは失礼を」
 そう言って、その人は帽子をとって長い黒髪をかきあげたの。
庭師にしては白い、きめ細やかな肌。端正で涼しげな顔立ち。口元に浮かんだ、柔らかな微笑み。
その時、きゅんっと胸がときめいたの。
……あらっ!? まさか、これは、一目惚れっていうやつかしら?
いけないわ、そんなの。よく知りもしない男の人に、そんな……
「ここへ足を踏み入れさせていただく前、庭園を少し拝見しました。噂通り、広大で美しいお庭ですね」
「えっ……え、えぇ、ありがとう」
 ぼんやりとして前半は聞いてなかったけど、お庭を褒められたのだとわかって、私は慌てて頷いたわ。
「しかし、惜しむらくは広大にすぎて手入れがゆきとどいていない様子。
よろしければ、僕に一仕事させていただけませんでしょうか?」
「えっ、えぇ、もちろん! 貴方のような方にそうしてもらえたら嬉しいわ」
「僕のような、などと……お恥ずかしい。
僕の腕は、一流と自称できるほどのものではございませんが」
「いえいえ、お噂はかねがね。ぜひ、やってちょうだい」
「かしこまりました、ありがとうございます」
 それからは契約やお金の話になったけれど、そんなつまらない話を早く終わらせて、お喋りがしたくてたまらなかった。
でも……
「それでは、さっそく取り掛からせていただきます」
 三郎は、トランクを持ってさっさと外へ出て行ってしまったの。なんて、つれない人なのかしら。

「こんにちは、暗示郎」
 カフェに出向いた私を、暗示郎はきょとんとした顔で迎えたわ。
「う、うん、こんにちは。珍しいね」
「まぁね。紅茶をいただけるかしら?」
「紅茶って……飲むの?」
 ぱちくりと目をしばたたかせる暗示郎。
「いいじゃない。香りを味わいたい気分なの」
「そうなの? はぁい」
 隠れるように隅の席に着いて、暗示郎がいれてくれた紅茶の香りを楽しみながら待っていると、お目当ての人がやってきたの。
「はじめまして。庭師の三郎と申します」
 三郎はそう言って、暗示郎に優雅に会釈したわ。
「こんにちは。庭師さん? 君、ずいぶん背が高いんだねぇ〜」
「た、たいしたことはないですよ」
 三郎はそう言って、恥ずかしそうに猫みたく背中を丸めたの。ふふっ、可愛い。
「えぇと、ここにいくつか花の鉢を置かせてもらおうと思っているのですが、何かご希望はありますか?」
「花? いいの、僕で? マスターに聞かなくていいの?」
「いいんですよ。僕がいない間は、ここの花に水をやるのは主に貴方になるでしょう?
花だって、自分の事を好いてくれる人に世話をされた方が喜びますよ」
「そっかぁ。そうだなぁ……僕、アネモネが好きだな」
「はい、アネモネと。いいですねぇ」
「あと、そこの柵に何個かこぅ、ぶらさげるやつがあると可愛いなと思ってたんだけど」
「ハンギングバスケットですか?」
「そうそう、それそれ」
 私は目を閉じて、三郎の声に聞き惚れていたわ。なんて涼やかに響く声なんでしょう。
 メモを閉じて立ち去る三郎の後ろ姿を眺めていると、いつの間にか暗示郎がそばに来ていて、言ったわ。
「ひょっとして、あの人に会いたかったの? 声、かければ良かったのに」
「余計なお世話よ」
 ぷぅ、と膨れて見せると、暗示郎はケラケラおかしそうに笑ったわ。もぅ、デリカシー無いんだから。
「ただ……ただよ。庭師に身をやつした風来坊が、実は王子様だったなんて素敵じゃない? 貴種流離譚みたいで」
「王子様ぁ?」

 ぱちん、ぱちん、ぱちん。
三郎が、庭木の剪定をしてる。
今までそんなつもりではなかったのだけど、三郎が手をいれた後のすっきりした木と比べると、その前の木がいかにぼさぼさと伸び放題だったのかわかるわ。
ただの木が三郎の手にかかると、おしゃれで涼やかな木に変貌する。素敵。
それに、小枝を見つめる三郎の真摯な横顔……仕事をしている男の人の顔って、素敵。
「……何か、御用ですか?」
 三郎が、こっちを見てる。やだ、眺めてたの、気づかれちゃったみたい。
私は、慌てて手に持っていたトレイを差し出して見せたわ。
「お疲れ様。ちょっと、こちらに来て休憩しませんこと? 冷たいレモネードを持ってきたわ」
「これはこれは……ありがとうございます」
 近くの東屋に三郎を誘うと、彼はにこりと微笑んで身を翻したわ。その物腰の優雅なこと。
私は、顔が熱くなるのを感じながら、三郎が来るのを待ったわ。
「ね、ねぇ……よかったら、お話聞かせてくださらないかしら?」
「構いませんが……どのような話を?」
「何でもいいわ。そうね、今までどんなところでお仕事をしていたのかとか」
 まずは当たり障りの無い話題を選んで、じっと三郎の瞳を見つめたわ。あぁ、何度見ても涼しげな整ったお顔。
「そうですね……」
 三郎は、いろいろな話をしてくれたけど……
どことなく、嫌々私の相手をしているような、早く仕事に戻りたがっているような、そんな空気を感じたの。
ちょっと、焦ってきちゃった。でも、私も少し知っている話なら、うまく話を盛り上げられるんじゃないかと思ったの。
「ね、ねぇ、御家族のお話を聞いてもいいかしら? 確か貴方のお兄さんは……」
「……そろそろ仕事に戻らないといけませんので。ごちそうさまでした」
 そう言って、三郎はさっさと席を立ってしまった。
まぁ、いけない……聞かれたくない事だったのかしら。
「ごっ、ごめんなさい、おじゃまして。それじゃあ、また」
 あまり、しつこくしちゃいけないわよね。私は慌ててグラスをトレイに戻して、東屋を出たわ。

 それからというもの、私は暇を見つけては三郎と話をしたり、何かと気を引こうとしてみたりしてみたわ。
でも、三郎ったら、つれないの。やっぱり私が幽霊だから、相手にしてくれないのかしら……

 そうこうしているうちに、三郎が"楽園"を去る日が来てしまったの。
挨拶に来て、再訪を約束してくれたのはいいけど……私、寂しくて、寂しくて。それで、聞いたの。
「ねぇ、三郎。この『楽園』に腰を据える気はないかしら。きっと、みんな喜ぶと思うの。貴方のような人だったら……」
「申し訳ありませんが、僕は庭師である前に旅人なのです。
ひとところに留まるなど、我慢ならない性分なのです。お許しください」
 私の言葉を遮って、三郎は頭を下げたわ。あぁ、どうにか三郎を"楽園"に留めおく手はないのかしら……
頭の中でぐるぐる考えているうちに、ふと、私の首に巻きついている"良心ロープ"が目についたの。
「ねぇ、三郎。これが何か、ご存知?」
「いえ……力ある時空魔術師でもない限り、ここからは出られないのに、更に首に縄をつけておくなんて、念入りにすぎると思いましたが。
それは、どこかの時空船が舞い降りて住人を逃がす、などという事もありえないではありませんが、見たところ大半の住人はここから出る事を望んではいないのではありませんか?」
「えぇ、みんなそうよ。ここは『楽園』だもの。人と人とが繋がっていたいという気持ちがある限り」
「『繋がっていたい気持ち』……ですか」
 三郎は、皮肉っぽく笑ったわ。
「では、僕には無縁のところのようです。仕事で訪れるだけで十分ですね」
「まぁ、そうかしら。試してみる?」
「どうやってです?」
「これを使って」
 私は空中を手招きしたわ。するすると、もう一本の"良心ロープ"が伸びてきた。
「本当に、貴方に少しでも『人と繋がっていたい』という気持ちが無いなら、この『良心ロープ』を首に結んでも簡単に解けるはずよ」
 フッ……と三郎は薄い笑いを浮かべたわ。
「面白いですね。試してみましょう」
 やった! 私は心踊ったわ。人が人である以上、これっぽっちも"繋がり"を求めない人なんているわけないもの。
 どうぞ、とばかりに三郎は首を差し出したわ。
私はどきどきしながら手を伸ばした。指が白い肌に触れて、生きていた頃のように心臓が跳ね上がる思いがしたわ。
きゅっ、としっかりと私は三郎の首に"良心ロープ"を縛りつけた。これで、三郎は私のもの……!
「では、失礼」
 そっけない口調で、三郎は言った。
なんてこと! 三郎のすんなりと細長い指が結び目に触れるや否や、するするっと"良心ロープ"が解けてしまったの!
「そんな……」
「ご満足いただけましたか、女王様」
「……嫌ね、女王様だなんて。マルセルと呼んでちょうだい」
 精一杯、動揺を隠して私は言った。
「それでは、おいとまいたします。また僕が必要になりそうな頃、お邪魔しますよ」
「え……えぇ……道中、気をつけて……」
 三郎が行ってしまう……私は、そう言うのがやっとだった。
 三郎は、しなやかな動作で踵を返して、行ってしまった。
そのコートに包まれた背中は、一度も振り返る事は無かった。
……悔しい。いつか……いつか必ず、三郎を私のものにしてみせるんだから……!


作者コメント


「水色の庭園」番外編、第二弾です。
そういえば、どうしてマルセルはあれほど強引に三郎を庭園に縛り付けたのだろう……と考えるうち、ひょっとしたら「役に立つから」だけでなく「三郎に恋をしていたから」ではないのかな、と思いつきました。
そこで、恋するマルセルを書いてみましたが、さていかがでしたでしょうか。
マルセル、半分ストーカーですね(笑) 三郎ならずとも、逃げたくなるかもしれません。

 

マインド パペット
Cheers!
ステイシスさん
 
第二回マインドパペット1.5