精神の澪 深海の空


ふわりと眠りから覚めた。

いや、ここ今だ夢の間(あわい)なのだろう。
ゆうらり ゆらり と、青の波模様が揺れている。
ほの暗い、青に包まれた小さな円形劇場。
私は、舞台に近い、最下段の観客席に座っていた。

ギン と金属が触れ合う音に目をやれば、和洋の様式が歪に混じった鎧を着た大男と、痩せた男が石造りの舞台で試合っている。
大男の、大きな鉈のような幅広の剣が空を凪いで呻りをあげる。
大男の顔は仮面のような面頬(めんぽう:顔用の防具)で覆われ、表情が判別できない。
眉庇の奥で炯炯と光る瞳が、吼える姿を模した面頬と相まって獰猛な獣を連想させるが、目の下に入った一筋の銀が泣いているようにも見える。

痩せた男は、ひらりひらりとトンボをきったり、両手に持つ細い剣で軽くいなしたりして、全ての攻撃を避けている。
彼は、アメコミに出てきそうな、黒いラバースーツしか着ていない。
大男の剣が一撃でも当たれば、真っ二つになってしまうだろう。
しかし、実に楽しそうに、時に大男を挑発するしぐさを見せながら、舞うように剣を振るっている。

大男が渾身の力で振り下ろした剣が、石の舞台に刺さった。
チャンス、とばかりに痩せた男が突進し、左わき腹へと鋭い一撃を見舞う。
大男も怯まず、裏拳で短剣を叩き落す。
お寺の鐘のような、くぐもった反響音がした。

鈍い銀色の鎧と、鋭く光る剣。

天井からのオーロラのような青い光を反射して、戦いは一進一退の攻防を繰り広げていた。


「ホンット、よくやるよねぇ。
ねぇ?
サクラちゃん。」

自分ひとりだと思っていたのに、すぐ横で少年の声が聞こえてきて、
私は悲鳴を上げた。

「はは、驚かせてごめんねぇ。
僕は、律(リツ)。
あいつらと一緒で、君のマインドパペットさ。」

黒髪のおかっぱ頭に、陶磁のように白い肌とバラ色の唇がかわいらしいが、灰色の目のまなざしは鋭い。
RPGの、黒魔導師のコスプレだろうか?金の複雑な刺繍を施した墨色のマントを羽織り、中にチュニックとズボンを着ている。
服のあちこちから細い銀のチェーン伸び、シャラシャラと音がする。

……重くないのかなあ。

「……『マインド・パペット』とはー

佐倉シノブ殿が作った『心理要素をを擬人化する行為』の事、及びそのキャラクターを使った一連の作品群を指す。」

ボソリ、と、律という少年の後ろに座っていたガイコツのような白髪の男性が呟いた。
こちらは白魔導師といったところだろうか。
白いローブはあちこち擦り切れ、生成り色に煤けている。
唇はかさかさに乾いて生気がなく、空ろに伏せた目は、何も映っていないように焦点が合っていなかった。

「ああ、お前もいたのか、"空蝉"。」
律が振り返り、軽蔑の色をにじませて吐き捨てた。

"空蝉"と呼ばれた男性は、こちらに全く関心を示さない。
途切れ途切れに、イメージのような抽象的な言葉を紡いでいる。

「我々は、"サクラ"の心の投影。無意識と意識とを繋ぐ者。
自己イメージから中ば切り離された心の一断面。
我々はサクラによって知覚された、イデアの影に過ぎぬ。」

「あなたは、空蝉……さん?というの?」

空蝉、という言葉に反応したように、男は、ギン、と目を見開いてこちらを見た。

「"Petite, et dabitur vobis.
quaerite, et invenietis.
pulsate, et aperietur vobis." ……

我は門。我は閂。我は錠。我は鍵…… そして……我は界面。
問え。応えよう。」

「え、あ、あの、あなたの名前は?」

「我に名は無い。便宜上、AAA(ノーネーム)と呼ばれている。
我は、インスピレーションを表すパペット也。
混沌たる集合知の中から、汝が導を引き当てよう。
隠されしモノに光を当て、真実の断片を照らし出そう。
深く汝が魂に問え。そして、我が声に耳を傾けよ。」

口角に泡を溜めてまくし立てる唇の端から、つう、と涎が垂れた。
白痴の賢人はそれをぬぐうこともせず、終には膝にぽたりと落ちてシミになった。
それを見て、律が嫌悪も顕に舌打ちした。

「全く。レディの前でする行為じゃないね。

こいつはね、"理性"たる僕を欠いた、データの塊なんだよ。
当てずっぽうの妄言を吐いて、皆を混乱させるのさ。
"賢人"なんてちゃんちゃらおかしい"狂人"なんだ。
まともに相手したらダメだよ。

……さて、じゃぁ、そろそろそこにいるバカどもも、上がってきてもらおうか。」

律が大きく腕を振るうと、鎖が生きている蛇のように長く伸び、舞台の上で戦っていた2人に絡みついた。

「だっ!何すんだよテメェ!
もうちょっとでキメれたのに!」

細身の男が身をよじる。

「だーめだよ。乱平児(ランペイジ)。遊びの時間はもう終わり。」

「男の勝負に水をさすなよ。
今日の晩飯が鶏のカラアゲにできるところだったんだぜぇ?」

プヴァァ、と、鎧の男が蒸気を吐き出す。
その姿は、機関車を髣髴とさせる。
「このような戯事を『男の勝負』などと言うな。
恥ずかしい。

夕飯だが、そもそも昨日も肉だったろう。
二日連続ではカロリーが高すぎる。
魚も取り入れるべきだ。」

そう言うと、鎧の男はギチギチと力を込め、銀の鎖を力ずくで引きちぎった。

「はーぁ。
全く、相変わらずオカタイことで。」

乱平児と呼ばれた男は、片方の眉を釣り上げて、ニヤけた笑顔を作った。
その笑顔が急にぐにゃりとぼやける。
何をどうしたのか、それまで彼を戒めていた鎖は、ぱたぱたと解けて足元に落ちていった。

「で、アンタがオレらの本体ってわけか。
俺は乱平児。」

「令(レイ)だ。宜しくな。」

 

「『乱平児』
原始的な衝動を意味するパペット。
主に三大欲求・無意識の衝動を表現する。
武器は、核心を狙う鎧通し『鵺切頼政 ぬえきりよりまさ』。

『令』
信念・プライドに則った"理想像"を意味するパペット。
主に向上心、勇気を表現する。
武器は、未練を断つ大鉈『妹背割 いもせわり』。」

「ハイハイ、解説ありがとうAAA。

さて、サクラちゃん。
今、君の中で"生きて"いるパペットは、僕ら4人だ。
僕らマインドパペットは、君の思考パターンの一側面を切り取ったものだ。
日々、君の意思決定を行うために、この闘技場で戦っているのさ。

例えばさっき令と乱平児が夕食のメニューで争っていただろ?
僕らの戦いは、君には、"ガッツリ肉を食べたい自分"と"カロリーに気を使う自分"の葛藤として現れるわけだ。

別に、それ自体はいい。
自然なことだ。

君にお願いしたいのは、僕らの存在を知ってほしい、ってこと。
今、誰と誰が葛藤してるのか、
何が論点なのか、なぜそのような主張をしているのか。
それが分かること、それがすなわち、自分を知ることだ。

自分が見えてくれば、他人も見えてくる。
他人が見えれば、この社会が見える。

社会が見えれば、君ももっと生き易くなるし、僕らも更なる高みへいける。」

「このコロッセオは、お前の心だ。
一人でいるには寒すぎる。
しかし、他人を受け入れるには狭すぎる。」

そう令に言われて、私はあたりを見回した。
高い壁と天井で囲まれたコロッセオ。
ぐるりと壁で囲われており、壁の向こうも、天井も、水の中にあるようだ。
降り注ぐ日光は、波によって舞台に網目模様を落とし、まるで水族館のように、壁の外を悠然とマンタが泳いでいく。

「外界は、"無意識"の海よ。
心とは、無意識の闇に浮かぶ泡沫に過ぎぬ。
この海の中に、我らの兄弟が生まれ、そして死んでゆく。
エフェメラとして、な。」

何か大きなものが、天井の上を通り過ぎて、床に影を作った。
見上げると、大きなヒレだろうか。七色に光るセロファンのようなものが広がって、天井を覆っていく。
ウエディングドレスのように、長い長い尾びれを引きずりながら、巨大な人魚が泳いでいく。

「おお、大母(たいも)よ。」

陶然とした声でAAAが笑みを浮かべる。

「アレが俺たちのカーチャン。
佐倉シノブさんの世界で言う闇太郎だな。
珍しいんだぜぇ?こんな上のほうまで上がってくるの。」


いつしか、コロッセオはゆっくりと浮上していた。
光がだんだん冴え、周りの海も紺色からエメラルドグリーンへと変わっていく。

「さぁ、夜明けだ。
この夢を、お前は忘れてしまうだろう。
だが、夢の中に、否、お前の心の中に、俺たちはいる。
忘れるな。」

「バイバイ!また会おうぜ!
あ、晩飯はカラアゲ、な!」

「全く、君は本当にバカだな……
じゃ、ね、サクラちゃん。
今度はゆっくり、話そ?」

「ヒヒッ……
"吾が生や涯てありて、知や涯てなし"
胡蝶よ、次の夢まで暫しの別れぞ。
せいぜい現(うつつ)で舞うが良かろ。」


水面が近くなるにつれ、上からの光が一層強くなる。
眩しくて目を開けていられない。
ぎゅっと目を瞑って、浮上する無重力感に身を任せる。
4人の声が、くわんくわんとゆがんで聞こえる。

 

「……ん、あさ、か…」
枕元の目覚ましを止め、私は伸びをして起き上がる。
何か夢を見ていたようだけど、冷たい水で顔を洗ったら忘れてしまった。

「やば、遅刻じゃん!」

こうして私の一日は始まる。
パペット達の胎動を、精神の奥底で感じながら。




作者コメント


作品を読んで頂き、ありがとうございます。
自分のオリジナルパペットを書いてみました。

澪(みお)とは「水路」という意味だそうです。
深海の大母へ至る、パペットたちを水路に見立てました。

私は、佐倉さんに会う前から、「少女(=芽衣) / 野生児(=乱平児) / オッサ ン(=令)」の
三本柱の心理のせめぎあいを感じていました。
例えば、キレイな服を着たい自分と、泥まみれになって遊びたい自分。
自分の興味の赴くまま行動したい自分と、命令を守り"デキル奴"でいたい自分。
これが、うちのパペットたちの原型です。

そこに社会常識と、その中での無力さを表す律と
「天然」と呼ばれることの多い意思の制御外の行動をAAAとして付け加えました。

芽衣ちゃんは、今回、令の中に封じられたまま出せませんでしたが、
この作品を書く中で、イメージや関係性が変化してきました。
作品化できてよかったです。

 

マインド パペット
Cheers!
きよさん
 
第二回マインドパペット1.5