第4章「想像と創造の語り部たち 」

1.

イエソドにどっさり持たされた土産を三郎に渡され、暗示郎はテーブルの上に嬉しそうに並べていた。
「ふふん、ふ〜ん♪ これだけ小麦粉あれば、ピッツァ焼けるなぁ。
ドライイースト無いけど、こないだ山葡萄で作ったレーズンあるから、天然酵母作ってやってみよっと。
それに前、三郎が言ってたドライトマトは、絶対作るもんね。あとは、な〜に作ろっかな〜♪」

トマト、ネギ、キュウリ。カボチャ、ニンジン、ジャガイモ。
並べられた野菜を眺めながら、ふと三郎が口を開いた。
「オロカは、野菜に例えるならネギですね」
「ネ、ネギ?」
「僕はー? 僕はー?」
「暗示郎は、トマトですね」
「わーい、僕トマトー♪」
「トマトいいよな。サラダなら主役じゃないか。ネギなんて脇役だろ。
せめてニンジンとかジャガイモなら、カレーで準主役張れるのに。
なぁ、なんで俺ネギなんだよ。地味だからか?」
口を尖らせて言ったオロカに、三郎は微笑んでみせた。
「いえ。僕も、野菜を本格的に作ったことはないので、詳しくはないんですが。
トマトならトマト、キュウリならキュウリだけを畑一面に作ってしまうとですね。
大量に作る上での作業効率はいいんですが、病気や害虫に弱くなって、農薬などの高度な管理が必要になるんだそうです。
だから、家庭菜園レベルだったら、トマト、ネギ、キュウリと隣り合わせて植えるのがいいそうです」
「へぇ。何か違うのか?」
「えぇ。ネギが、トマトやキュウリに有害な微生物や害虫などの繁殖を抑えてくれるんだそうです。
それだけでなく、ネギそのものの生育にもいいんだそうですよ」
「へぇ、そうなんだ……野菜って、そんなこと考えて作るんだ……」
意味のわからない言葉もあったが、なんとなくニュアンスで理解して、オロカは感心した。
しかし、肝心の事がわからず、彼は首を傾げた。
「で、何で俺がネギなんだ?」
「わっ……わっかんないの、オロカ?
せっかく、珍しく三郎が面と向かって人を褒めてるのにぃっ!」
「え、褒められたのか? なら、良くわかんないけど、いいや」
「……」
三郎は、少し困ったように軽く肩をすくめた。

「じゃあ、ドグマは?」
「兄上は……あまりしっくりくるものが思い当たりませんねぇ。野菜というより、肉でしょうか」
「何を話しとるのだ。私が、何だって?」
縄梯子を登って、ドグマがひょっこり顔を覗かせた。
暗示郎は、すかさず茶化して言った。
「三郎がドグマを食べる話〜♪」
「なにぃ?」
「そんな話じゃありません!」
 
 
 
「ほれ、できたぞ。さっそく練習を行う」
ドグマは三郎と暗示郎に、紙に書いた楽譜を渡した。
三色で書き分けられた音符が、三つの和音を示して並んでいた。
「ドグマ、なにこれ。合唱?」
「元素魔術『ファイア・ストーム』を、集団儀式化したものだ。
儀式と言っても大がかりなものではなく、短いが。
範囲や効果の拡大化ではなく、呪文の簡略化を目的としたものであるからな」
「FF4の、パロムとポロムの合体魔法みたいなもんかぁ……」
「しゅ、集団儀式……」
三郎は、冷や汗を浮かべた。
様々な魔術の使い方の中、彼が最も苦手とする方法だった。
「や……やらないと、いけないんですか……?」
「せっかく三人も術師が居るのに、やらん手はなかろうが」
「や、焼き払うだけなら集団儀式などしなくとも、兄上一人で十分すぎるではありませんか……」
ドグマが独自に編み出した複合魔術、"コンクエスト"。
かつてモスタリアの一角を焼き尽くした、爆撃機の編隊を思い浮かべながら、三郎は言った。
「確かにな。が、発動が遅い支配魔術を柱としたもの故、詠唱に時間がかかりすぎる。
短い呪文でもそれなりの破壊力が期待できる元素魔術の方が有効な場合もあろうが、私はその系統は苦手だ。
サポートせよ。『ファイア・ストーム』は、火と風の中間属性。
火属性の私と、風属性のおまえ達が協力して発動させるには、最適な術だ」
「詠唱の時間稼ぎぐらい、僕がしますよ……発動の早さには、自信がありますし……」
「ごちゃごちゃ抜かすな。最適だから最初にこの術を選んだまで。
これがうまく行けば、他の術も集団儀式化を試すのだからな。やれ!」
「は……はい……」
……モスタリア維持のための集団儀式と違って、これだけ短いなら、きっとどうにか……ならない事も……
三郎は不安に思いながらも、しぶしぶと頷いた。

しばらく三郎と暗示郎に個別に練習をさせた後、ドグマは指揮棒を振り上げた。
「さん、はい!」
指揮棒に合わせ、三人は声を出した。
『吹き荒れよ風──』
不協和音に、ドグマは顔をしかめた。
「三郎、違う! 音程をふらつかせるな!」
「そっ、そんな、いきなりは上手くできませんよ……」
「もう一度、一人でやってみろ!」
「はい……『吹き荒れよ風──』」
三郎は、慎重に声を出した。一人でならば、正確な旋律を刻む事はできた。
「できるではないか。では、もう一度合わせるぞ!」
「は、はい……」
「はーい」
『吹き荒れよ風──』
やはり、三人の声は綺麗な和音にはならなかった。
「ふざけとるのか、三郎! 『吹き荒れよ』の『れー』は、下げるのでなく上げるのだ!」
「今の、途中からドグマのパートになっちゃってなかった?」
「つ、つい、つられてしまって……」
「何故、初心者の暗示郎にできて、貴様にできんのだ! それでも、昔は天才術師呼ばわりされた男か!」
「そ、そう言われましても……得手不得手というものが……」
不得手があるなどと、見栄っぱりなところがある三郎は認めたくはなかった。
が、ここに至ってはそう言わざるを得なかった。
ドグマは厳しく、三郎を叱咤した。
「たいした修行もしとらんくせに不得手と言うな! もう一度!」

何度繰り返しても上手くできない三郎の様子に、ドグマは深々と溜め息をついた。
「……宿題だ! 練習しておけ!」
「はい……すみません……」
肩を落とす三郎に、傍観していたオロカが声をかけた。
「魔術師って、たいへんだな……」
「はぁ……」
 
 
 
三郎は、コートのポケットの中でいじっていた二つのサイコロを、テーブルの上に投げた。
赤と青のサイコロは野菜の間を転がって行き、6と6を上にして止まった。
「今度……テーブルトークRPGでも、やってみましょうか」
「あっ、いいねいいねー。やるやるー」
暗示郎が二つ返事で乗り、オロカとドグマは怪訝そうに顔を見合わせた。
「なんだ、それは?」
「えぇと……たしかここに……」
三郎はトランクを開け、"本"と書かれた小袋を探った。
そして、表紙に"ソード・ワールドRPG完全版"と書かれた、ハードカバーの大きな本をにゅっと取り出した。
「ルールブックは、これです」
「2.0はないの?」
「あいにく、無印しかないんです」
「分厚いなぁ……」
「まぁ、頑張って目を通してみてください。暗記する必要まではありませんから。
どうせ、時間はいくらでもあるんですし、ね」
「いくらでもあるとか言っとらんで、集団儀式の練習は怠るなよ!」
声を張り上げたドグマに、三郎は首をすくめた。
「も……もちろん、わかってますよ……」
 
 
 
「今回は三人しかいませんので……
パーティバランスを取りやすいように、生まれ表は無視して、技能は好きなものを取っていいです」
三郎が変更点などの説明をした後、三人はキャラクターを作り始めた。
「うーん……」
能力値などの数値をサイコロを振って決めた後、オロカはルールブックにかじりつくようにして唸っていた。
「オロカは技能、何にしますか?」
「やっぱり、魔法とか難しい。ファイターにしようかな……」
「貴方、元からファイターじゃないですか。
せっかくですから、もっと自分とかけはなれたキャラにしてはいかがですか?」
「でも……精神力が13しか無いし、あっというまにMP使い切って、やる事無くなりそうだしなぁ……」
「では、シーフはどうです? やれる事の幅は、広いですよ」
「盗賊かぁ。それはそれで難しそうだけど、まぁ、頑張ってみるか……」
「では、私がファイターをやろう。筋力が19あるしな。サブでレンジャー技能も取っておこう」
「んじゃ僕、魔法使いね。知力と敏捷度が高いから、ソーサラーにしようかな。それと、セージ」
ドグマと暗示郎が言うと、三郎は頷いた。
「わかりました、ではそれで。プリーストが居ないですけど、何とかなるでしょう」

「明日までに、シナリオの調整をしておきます」
そう言って、三郎は紙に書かれたキャラクターシートを回収した。
「楽しみだな〜♪」
「大丈夫かなぁ、俺がシーフで。迷惑かけないかな……」
「たかがゲームで、悩むな。金がかかっているわけではあるまいに」
「そ、そりゃそうだけど……」
「わからん時は、わからんと言え。私も、考えてやる」
「う、うん……」
オロカは頷きながらも、まだ不安を露わにしてルールブックのページをめくっていた。

  2.  
「それでは、セッションを始めます。
よろしくお願いします」
「うむ」
「あぁ、よろしくな」
「よろしくー♪」
暗示郎がパチパチと手を叩き、三郎は状況説明を始めた。
「貴方達が『冒険者の店』一階の酒場で
たむろしていると、外から白髪の老人が訪れます。
老人はカウンター越しにマスターと言葉を交わし、
仲介料を払うと、貴方達のいるテーブルに近づいてきます。
……『ちょっと、お時間よろしいですかな』」
さっそく、暗示郎とドグマが応じた。
「はーい、いらっしゃいませぇ〜♪ ままま、どうぞおかけくださいなっと」
「聞いてやる。話せ」
「はい。老人は勧めに応じて椅子に腰掛けると、話し始めます。

『わしは、ここから徒歩で二日ほど離れたグリン村で、村長をしておりますじゃ。
村の近くの洞窟にゴブリンが住み着き、夜な夜な現れては家畜や野菜を取って行くのです。
今のところ怪我人は出ておりませんが、それも時間の問題でしょうな。どうか、退治を願えませんかな』」

「いいぞ、いくら出す」
「『お一人1000ガメルでいかがでしょうか』」
「始めての依頼としては、高い方だねー」
「よし、受ける。よいな」
ドグマが暗示郎とオロカに目を向けると、二人は頷いた。

「森の中を行くと、洞窟が見えてきました」
「見張りは居ない?」
「見える範囲には、居ませんね」
「そう、じゃあ……」
暗示郎とドグマに目を向けられて、オロカはどぎまぎした。
「な、なんだ?」
「聞き耳をしろ、聞き耳」
「あ、そ、そうか。聞き耳って、どうやるんだっけ?」
「シーフレベル+知力ボーナス+2Dだよ」
「わかった、えっと……」
オロカは二つのサイコロを振り、それは2・6を上に止まった。
「達成値はいくつですか?」
「2+2+8は……14」
「12でしょ」
「あ、そ、そうだ、すまん。12だ」
「はい。では、特に何も聞こえません」
「では、入るぞ」
「入る前に、『ライト』の魔法を使うね」

「では、分かれ道を右に行くんですね……そうしますと」
手元の地図にちらりと目を走らせ、三郎は言った。
「突き当たりが部屋になっていて、ゴブリンが五体居ます。
彼らは貴方達を見ると、慌てて棍棒などの粗末な武器を構えます」
「よし、ぶちのめすぞ」
「おぅ」
「うん」
「ゴブリンの敏捷度は13です。
全員、貴方達の方が早いですから、敏捷度順に行動をどうぞ」
「じゃあ、僕からね。ゴブリン、固まってる?」
「固まってますね。効果範囲の広い魔法なら、全員入ります」
「んじゃあ、『スリープ・クラウド』ぉ〜♪」
声を弾ませて暗示郎が二つのサイコロを振ると、1・6を上に止まった。
「魔力は4だからっと、達成値は11!」
「はい」
三郎は、五回サイコロを振った。
「ゴブリンA、D、Eが寝ました」
「ラッキー♪」
「次は私だな。グレートソードでBをぶった斬る」
ドグマがサイコロを振ると、2・4を上に止まった。
「10だ」
「ぎりぎり当たりましたね。ダメージをどうぞ」
「よしっ」
ドグマがテーブルに叩きつけるように勢いよくサイコロを振ると、5・5を上にして止まった。
「よぅし、クリティカルだ」
ドグマは喜色を顔に浮かべて、再びサイコロを振った。
それは、1・4を上に止まった。
ドグマは、レーティング表という数字の羅列を見て言った。
「8+4……追加ダメージを足して……17点だ」
「ゴブリンBは、倒れました」
「よしよし」
「じゃあ、俺も……まだ起きてるのはCだよな、ショートソードでCを突く……」
オロカがサイコロを振ると、5・6を上に止まった。
「えっと、攻撃力が4だから……15」
「命中です。ダメージをどうぞ」
オロカが再びサイコロを振ると、2・6を上に止まった。
「惜しいねー。あと1でクリティカルなのに」
「ダメージは……4の……4で……8点だけか」
「まだ立っています」
「ちぇっ」
「まぁ、シーフはやれる事の幅が広い分、戦闘ではそんなものですよ」

「はい。ゴブリンは全員倒れました」
「よぅし。気絶している奴には、とどめをさすぞ」
「俺も手伝う」
「では、続きはまた明日に」
「へっ? これで終わりじゃないの?」
暗示郎が、首を傾げて言った。
 
 
 
「それでは、セッションを再開します。
ゴブリンにとどめをさして回り、ふと顔をあげると。
物陰から子供のゴブリンが、震えながら貴方達の様子を伺っているのに気がつきました」
「子供は……斬れない。えっと、もう悪さをしないなら逃がしてやってもいいぞ、と言う」
「甘い奴め」
「待ってオロカ。ゴブリン語話せる人居ないよ」
制止した暗示郎に構わず、三郎が言った。
「子供のゴブリンは、悲鳴混じりに叫びます……『人殺し!』」
「へ? ちょ、何語で?」
「西方語……この地方で使われている言葉ですよ」
「えぇっ!?」
「……何だと?」

「要するに、ゴブリンの正体は、魔法で姿を変えられた人間だったというわけか?」
ドグマが問うと、三郎は頷いた。
「子供ゴブリンの証言が嘘でなければ、そのようですね」
「しまったぁぁ! 戦う前に声かけりゃよかった!」
頭を抱えるオロカを、暗示郎が慰めた。
「まぁまぁ、仕方ないよ。
向こうから話しかけて来たりしない限り、普通、ゴブリンにコンニチハしないって。
しかし、やられたねぇ。てっきり、単純なバスターシナリオだと思ったよ」

「さて、どうしますか?」
「決まっている。こんなふざけた依頼を出した村長をぶちのめす」
拳でどすんとテーブルを叩いて、ドグマが言った。
「ちょっと待ってぇ! そんな事したら、僕達犯罪者だよぅ!」
「それがどうした。ぶちのめした後、漁れば悪事の証拠のひとつやふたつ、出てこよう」
「だとしても、村長か誰かはわかんないけど、人をゴブリンに変えたソーサラーがいるわけだよね。
『ポリモルフ』って7レベルの魔法だよ。勝てるの?」
「むぅ……そんなに上だったか……」

「んー……」
暗示郎とドグマのやりとりを見ていたオロカは、ルールブックをめくり始めた。
「どうしました、オロカ?」
「確か……ソーサラーって、転ぶと魔法使えないんじゃなかったか?」
「そうです。よく覚えていましたね」
「じゃあ、一人でいるところを隙をみて押し倒せば、どうにかなるんじゃないか?」
「……貴方も、シーフ的な発想ができるようになりましたね」
三郎は、微笑んでみせた。
「貸せ、オロカ。確か、後ろの方だった」
オロカから奪い取るようにルールブックを手に取ると、ドグマはページをめくった。
「『組み合い』『体当たり』『脚狙い』……転倒させる手段はいろいろあるな」
「転ばせる罠を仕掛けるのも手だね」
「よし、いったん村に戻るぞ。まず、ソーサラーが誰か特定する」
ドグマの言葉に、暗示郎とオロカは頷いた。

「十年以上も村を空けていて、帰ってきたのは半年前……
自室の本棚に、古代語で書かれた書物が混じっている……
魔法の発動体の指輪をはめているのに、魔法なぞ使えないようにふるまっている……
やはり、村長の息子が臭いな。こいつが犯人で間違いなかろう」
「そだね。んじゃ、どうやってやっつけようか?」
「寝込みを襲うのが手っ取り早いな。
もし気づかれたとしても、横になっていれば1ラウンドは魔法が使えまい」
「それはさすがに、卑怯じゃないか?」
オロカが口を挟むと、ドグマはじろりと彼をにらんだ。
「やかましい。背に腹は変えられん。ヒキガエルにされたいのか?」
「う、うーん……仕方がないな」
オロカは不承不承、頷いた。

「裏庭で様子を伺っていると、しばらくして窓から漏れていた部屋の灯りが消えました」
「では、30分ほど待ってから行動を起こそう。オロカ、様子を探ってこい」
「えー……っと?」
「忍び足だ、忍び足」
「お、おう。忍び足で、窓に近づく」
「判定をどうぞ」
「おぅ」
オロカが振ったサイコロは、6・6を上に止まった。
「あ、6ゾロ」
「では、自動的成功です。窓のそばまで来ました。反応はありません」
「じゃあ、聞き耳する」
オロカは再びサイコロを振った。3・6を上にして止まった。
「えっと……13!」
「静かな寝息が、かすかに聞こえます。どうやら、熟睡しているようです」
「んと、手を振って仲間に合図する……って、暗かったんだっけ」
「月明かりでも、そのくらいは分かっていいですよ」
「よし、叩きのめすぞ」
「なるべく殺さないでね」
「サイコロに言え」
ドグマは、一言で片付けた。

「……はい。村長の息子は、悲鳴をあげて気絶しました。息はあります」
「あっけないな。7レベルとはいえ、ソーサラーはこんなものか。
縛り上げてから、応急処置をして起こすぞ」
「では、しばらくしてから目を覚ますと、村長の息子は震え上がって命乞いします。
……『い、命だけは助けてくれ』」
「ねぇ、なんで人をゴブリンに変えてたの?」
暗示郎が問うと、三郎は頷いて答えた。
「村長の息子は、びくびくとしながら言います。
……『研究のために費用が必要で、村を訪れた旅人や行商人から金品を奪ってたんだ。
でも、殺すのまでは怖くてできなくて……ゴブリンに変えて放り出してたんだ。
そしたら、そのうちの一部が村のそばに住み着いて、家畜泥棒を始めたんだ。
こ、こんなことになるとは思わなくて……』」
「なんという情けない奴だ。それでも高レベルの魔術師か。えぇい、蹴ってやる」
「や、やめろよ、無抵抗の相手をいたぶるのは」
思わず、オロカは手を伸ばしてドグマの足をつかんだ。
「三郎を蹴るとは言っとらん!」

「では、村長の息子を衛視に突き出すと、一人100ガメルの礼金がもらえます。
ゴブリン退治の報酬の方も、村長いわく『息子が迷惑をかけてすまなかった』と、約束通りの額をもらえます。
合わせて一人1100ガメルの収入となります」
「ラッキー♪」
「ミッション成功、経験点は1057点です。これにてセッションを終了いたします。お疲れ様でした」
「うむ」
「お疲れ」
「お疲れ様ーっ♪」

「いやぁ、面白かったなぁ。一時はどうなる事かと思ったけど」
「うん、面白かった」
「こんな芸があったとはな。褒めてやる」
三人が口々にいうと、三郎はにこりと微笑んだ。
「次は、僕がゲームマスターやるー」
暗示郎が言うと、三郎は頷いて提案した。
「いいですよ。成長に差がついてしまいますから、僕が暗示郎のキャラを借りてやりましょうか?」
「いいよー、使って使ってー」

3.

「それじゃ、セッション始めるよー。技能の成長がある人は申告してね。
ちなみに、今回三郎に代わってやってもらう僕のキャラは、ソーサラー1レベル・セージ1レベルのまま経験点温存ね。
ソーサラーは成長遅くてツラいさー」
暗示郎が言うと、ドグマとオロカが応じた。
「私も、ファイター2・レンジャー1のまま温存だ」
「俺は、シーフ技能を2から3に上げる」
「了解、了解ー」

「ある日の朝、みんなが『冒険者の店』二階の宿の一室で目を覚ますとね、ウサギになってたよ!」
暗示郎の宣言に、三人は一様に当惑を顔に浮かべた。
「ウ、ウサギ!?」
「何だと?」
「いきなりですか?」

「……何だかわからんが、とりあえず武装して……」
ドグマの言葉を、暗示郎は遮って言った。
「武器も鎧も、重くて持ち上がりませーん♪」
「……ならいい、そのまま部屋を出る」
「とっても高いところに、ドアノブがありまぁす♪」
「ジャンプだ、ジャンプ」
「全然、届きませーん♪」
「えぇい、何故ゲームの中まで、背丈で困らねばならんのだ。オロカ、そこへ四つん這いになれ!」
「へ?」
オロカが反射的に椅子から腰を浮かせると、ドグマはイライラして言った。
「おまえがではない、おまえのキャラがだ!」
「お、おぅ、じゃあ、そうする」
「オロカを踏み台にして、ジャンプするぞ」
「まだ、届かないなぁ」
「……三郎」
「はいはい。オロカの上に四つん這いになりますよ」
「その上から跳ぶぞ」
「ようやく届いたよー。
ちゃんとドアノブを回せるかどうか、冒険者レベル+器用度ボーナス+2Dで判定してね」
「冒険者レベル……とは、何だったか?」
「技能の中で、一番レベルが高い奴だよー」
「では、2か……」
ドグマに振られたサイコロは、1・2を上にして止まった。
「……7だ」
「ざんねーん」
「もう一度だ、もう一度!」
「冒険者レベルの高いオロカにやらせた方が、良くはないですか?」
「たとえゲームの中でも、足蹴にされるなど勘弁ならん!」

「はい、ドアが開いたよー」
「やっとか……下の酒場へ降りるぞ」
「とても高い段の階段がありまぁす♪」
「……」
「降りるなら、冒険者レベル+敏捷度ボーナス+2Dで判定してねぇ」
「オロカ。先に行け」
「お?おぅ……」
オロカはサイコロを振り、出た目を見て固まった。
「1ゾロ……」
「自動的失敗、はい落ちたー!
シーフ技能で受け身は取れるけど、鎧着てないからレーティング表の0んとこでダメージ減点してねー」
「うげぇ……」

「全員降りられたな。では、酒場だ」
「酒場にぴょんぴょんと行くとね。
そこにはワンワン、ニャーニャー、チューチュー、コケコッコーと、動物がいっぱいあふれてるよ」
「何が起きとるんだ……」
「何なんだ……」
「何でしょうねぇ……」

「はぁい、無事に変身の魔法薬の流出事件を解決しましたー。
『魔術師ギルド』から礼金が出るよ、一人1000ガメル。
ミッション成功で、経験点は1000点ね」
「え、戦闘してないのに終わりなのか? それに、そんなに経験点もらっていいのか?」
「今回のような『シティ・アドベンチャー』の場合、戦闘が無い事もありますよ。
経験点はミッションをクリアしてもらえるものが主で、戦闘で入るモンスター経験点は微々たるものです。
だから、戦闘せずに問題解決できるならば、それに越したことはないのです。それに……」
「ん?」
「戦闘が無くとも、障害ならばたくさんあったじゃありませんか。……階段とか」
「あー、そうだった……階段が夢に出そうだ……」
「ふむ……なるほど」
三郎の説明を聞いて頷き、ドグマはルールブックを手にとった。
「戦闘せずに問題解決、か。……シナリオのネタを思いついた。次は私がゲームマスターをやろう」
「君も『シティ・アド』やるの?」
「いや。『シティ』ではないがな」
 
 
 
次の日、ツリーハウスを見上げて暗示郎が言った。
「ドグマは、まだ上にいるの?」
「そうみたいだ……大丈夫かな?」
オロカが暗示郎の視線を追って、上を向いた。
「放っておいてあげましょう。兄上は、これをやると決めたら、他が見えなくなるんですから。
いま声をかけても、邪魔にされるだけですよ」
赤鉛筆で印をつけた楽譜に目を落としたまま、三郎が諭した。
「うーん……」
まだ心配そうに上を見ているオロカに、苦笑を浮かべて三郎は目を向けた。
「後で、こっそり様子を見にいきますから」
「なら、いいか……」
「えぇ……」

三郎は、再び視線を楽譜に戻した。
頭の中で、何度も何度も旋律を追っていた。
「……まさか、ドグマにRPG教えたのって、時間稼ぎ?」
暗示郎が三郎を見て、くすっと笑った。
「それも……否定はしませんけど……」
「あははっ。……ね、オロカ。ドグマのパートやってあげなよ」
「え、俺? 魔術の素質、ゼロだって言われたけど……」
「この段階なら、ただの合唱だよ」
「そっか……でも俺、音痴だぞ?」
「いいじゃん。ね、三郎。一緒に練習しよ?」
「いっ、いや、いいですよ、そんなの……」
三郎は、反射的に断ってしまった。
……おせっかいな……人前で声を出して練習するなんて、嫌ですよ……
兄上に強要されれば、ともかく……みっともない……
「僕もおさらいしたいし、ねっ! お願い!」
「……えぇと」
でも……まぁ、下手なの思いっきり見られてしまいましたし……
それに、一人なら普通にできるんですから、一人で練習したってあんまり意味ないですねぇ……
三郎は考え直すと、二人に軽く頷きかけた。
「……わかりました、練習しますか」
「ありがとっ♪」
……いや……礼を言わないといけないのは、僕の方なのですが……
 
 
 
ドグマはパチンと指を鳴らして"発火"の術を使うと、ロウソクに火を灯した。
暗がりの中に、四人の顔が火に照らされて浮かんだ。
「……それでは、セッションを始める」
「なんで、わざわざ夜にやるんだよ」
オロカの問いに、ドグマはそっけなく答えた。
「そのうちわかる」

「成長の申告からだ。三郎にやらせる私のキャラは、ファイター技能を3に上げておいた」
「よーやく、ソーサラーが2レベルになったよ」
「シーフを4に上げるには結構経験点が要るし……
少し慣れてきたから、新しくプリースト技能を1レベル取ってもいいかな?」
オロカが聞くと、ドグマは三郎に目を向けた。
「三郎。魔法使い系の技能を新規で取るには、条件があるようだが」
「あることはありますけど、別にいいと思いますよ。そろそろ、回復役も欲しい頃でしょう」
「ならば良い。信仰神は何だ?」
「『幸運神チャ・ザ』にする」
「よろしい」

「ある日の夕方のことだ。おまえ達は、森の中の小道を歩いている」
「何で?」
「ちょっとした配達の依頼を請け負った帰りだ。既に、一人300ガメルの報酬を得ている」
「ふーん」
「そろそろ野宿の準備をしなければと、考えた頃。
突然、ザァァァ……と、肌に痛いほどの大粒の雨が降り始めた」
「ついてないな」
「そこで、おまえ達は思い出す。
往路でここを通った時、そう離れていない木々の中に金持ちの別荘か何か、古めかしいが立派な館が見えたと」
「そこへ行って、泊めてもらいましょう。留守でも、軒先で雨をしのげる分、野宿よりはましです」
「そうしよ、寒い寒い」
「そうだな」

「こんばんはー。だれか居ませんかー」
「……返事は無い」
「ドアノブをひねってみる。鍵、かかってるかな?」
「かかってはいないようだ」
「じゃあ、開けちゃう」
「扉を開けると、床や家具に埃が積もり、あちこちに蜘蛛の巣がかかった暗い室内が見える」
「廃屋か? クシャミ出そうだな」
「一晩の宿としては、上等ですよ。暖炉はありますか?」
「ある。傍に、薪も積んである」
「では失敬して火を焚いて、濡れた衣服を乾かしましょう」
「そうしよ、そうしよ」

「では、食事を取ったりしているうちに夜は更けた。
不意に、今までうるさいほどに響いていた雨音が、フッ……と途絶えた」
「やんだのかな?」
「窓から外を見てみる」
「窓は、雨戸が閉まっている」
「開ける」
「ガタガタガタ……なぜか、どれほど力を込めても、開かない」
「へ?」
「ドアは?」
「こちらも、鍵がかかっているわけでもないのに、なぜか開かない」
「閉じ込められちゃった!?」
「……おやおや」

「そうこうしていると、スゥ……ッと空気が冷たくなった。静寂の中、扉を叩く音が……」
ドグマは、わずかに唇を開いたまま言葉を途絶えさせた。
──5秒──10秒──静けさが場を支配した。
どうしたんだろう、とオロカは身を乗り出した。
──ドンッ──ドンドンドンッ──
わずかに振動を伴う物音が、本当に響いた。
「ぎゃあぁぁぁッ!!」
オロカは椅子を蹴って飛びずさった。
それから、ドグマが膝でテーブルの下を叩いたのだと気がついた。
「な、なんだ……びっくりした……」
「プッ……オロカ、驚きすぎ……」

「ギィィィィ……扉がきしみをあげて、ひとりでにゆっくりと開いた。
広がるは夜闇……わずかに見える、地面を穿つ大粒の雨……
しかし、やはり音は何も聞こえてこない……否……」
「……」
「……」
「……」
「扉が閉ざされ、その傍らから、足音が近づいてくる……」
──コツンッ──
ドグマの指先が、テーブルを叩いた。
びくり、と三人は小さく身をすくませた。
──コツンッ──コツンッ──コツンッ──

「オロカ」
「なっ、な、なんだ?」
「置いてある、おまえの背負い袋の蓋が開く。
羊皮紙──羽ペン──インク壺──それらが、ふわり、ふわりと浮いて外に出される。
そして羽ペンが空中で舞うように動き、インクをつけ、羊皮紙に文字を書き記す……」
ドグマは手元で紙に文字を書くと、スッとテーブルの上を滑らせてオロカに示した。
視線で促され、オロカは字を読み上げた。
「た……頼みがある……?」
「ゆ、幽霊が依頼人っ!?」
「……そう来ましたか」

「……おまえ達の行動でこの世の未練が晴らされた幽霊は、すうっと気配を薄れさせていった。
ひんやりとしていた空気に温もりが戻り、屋根を叩く雨音が耳に届いてきた」
「成仏してくれたようですね」
「空中で静止していた羊皮紙が、ひらひらと舞って床に落ちた」
「拾い上げて、見てみる」
「羊皮紙には……」
ドグマは紙に文字を書き、オロカに示した。オロカは、それを読み上げた。
「……ありがとう」
「よかったぁ、これで帰れるね」

「セッション終了。ミッション成功で、経験点は1000点だ」
「君、ほんとに今まで経験なかったの? 上手すぎるよ!」
暗示郎が言うと、ドグマはフンと鼻を鳴らした。
「褒めても、何も出んぞ」
そう言いながらも、彼はまんざらでもなさそうだった。
「しっかし、ホラーで来るとはねー。てっきり、ドカドカやる話が好きなのかと思った」
「ドカドカやるのは、現実でもできるのだ」

「次は、おまえだな」
「え、俺もゲームマスターやるのか?」
ルールブックを押し付けられて、オロカが困惑した声を出した。
「そりゃあそうでしょ、この流れだと」
「でっ、でも、俺なんかに……」
「おまえに凝ったシナリオは期待しとらん」
ぴしゃりとオロカの言葉を遮って、ドグマが言った。
「別に、何かを退治するとか、そういう単純な奴でもいいのだ。それなりに、楽しめるはずだ」
「う、うーん……」
ちらり、とオロカは視線を走らせた。その先に居た三郎は、微笑を返した。
「楽しみにしていますよ」
「……ん」

 

 

4.

「……うぅーん。退治、退治、退治……」
オロカは草の上に寝転がって、ルールブックのモンスター・データが載っているページをめくっていた。
「ドグマは、あぁ言ってたけど。本当に退治だけで喜んでくれるのかな……」
三人のシナリオが面白かっただけに、かえってプレッシャーだった。
「ん……?」
オロカは、ふとページをめくる手を止めた。
モンスターの中には、"反応=友好的"と書かれているものも居ると気がついた。
「そうか……モンスターって、退治しなくてもいいんだ……」
 
 
 
「……えぇと、セッションを始める……よろしく」
たどたどしくオロカが言うと、暗示郎がパチパチと拍手をした。
「それじゃ、成長から。三郎に任せる俺のキャラは、経験点温存だ」
「僕も温存ー」
「私は、レンジャー技能を2に上げたぞ」
「ん、わかった」

「冬の朝の事だ。起きて、一階の酒場に降りていくと、依頼人らしい若い男が皆を待っていた」
「はいはーい。どんなお仕事かな?」
「えと……『俺の名はラッセル。画家をしている。
フロスト山というところの山頂に行きたいので、護衛をして欲しい』」
「ふんふん、画家さんね。なんで行きたいの?」
「『そこに、スノー・ピクシーという、珍しい妖精が居るらしいんだ』」
「おっと、オリジナル・モンスターだぁ。セージ技能で、怪物判定していい?」
「あぁ」
オロカが頷くのを確認し、暗示郎はサイコロを振った。
サイコロは3・6を上に止まった。
「達成値は、13だよー」
「データは、ほとんど普通のピクシーと一緒だ。
違うのは、打撃力10、追加ダメージ3、魔力3の冷気が吹ける。
でも、身を守る時に使うだけで、人に害を与える事はめったにない」
「ピクシー同様、友好的なモンスターなんですね?」
「そう」
「そのモンスターをどうするのだ。飼うのか?」
「い、いや。『絵のモデルになってもらいたいと思って』」
「まぁ、金を出すなら、何でも良い」
「『報酬は、一人1500ガメル出す』」
「道楽で良くそれだけ出せるものだな」
「……」
「そういえば、彼の身なりは裕福そうですか?」
「ぇ……う、うん」
暗示郎が、ルールブックを開いて聞いた。
「言語は、フェアリー語と精霊語かぁ。話せる人居ないけど、いいの?」
「『フェアリー語なら、俺、話せるから』」
「この人、セージなの?」
「技能は、戦闘能力はないけど、セージが3レベルある」
「ところで、その山には何か危険があるとわかっているのでしょうか?」
「うん。『スノー・パンサーという、危険な猛獣の棲息地でもあるらしい』」
「お、またオリジナルだー。怪物判定するねー」
「おぅ」
暗示郎が振ったサイコロは、5・6を上に止まった。
「おっ、いい出目。達成値は15ー」
「じゃあ、わかった。これ」
オロカは、紙に書いたモンスター・データを差し出した。
どれどれ、と三人が紙を覗き込んだ。
「汚い字だな」
「ご、ごめん」
「ふむ。攻撃点と回避点がかなり高いな。敏捷度も。そして、三回攻撃か」
「でも、一発のダメージは高いというほどではないようですね。
鎧の薄いオロカのキャラだと、不安はありますが。
兄上のキャラなら、最悪三回とも食らっても1ラウンドで倒されるということはなさそうです」
「鎧で1ゾロ振ったら、わかんないけどね」
「そして特殊能力は……ほほう。真っ白な毛に覆われていて、雪の中だとほとんど見分けがつかない。
狩をする時は、雪の中でじっとしていて、待ち伏せをする。そこへ油断して近づくと不意打ちされる……か」
「蟻地獄系の敵だね」
「レンジャー技能を上げておいて正解だったな」
「ん……?」
どきどきとしながら三人の様子を見ていたオロカは、三郎が小さく声をあげたのを聞いて身を硬くした。
「ど、どうした?」
「いえ。よく見ると、何度も書き直してあるな、と思いまして」
微笑みながら言われた言葉に、オロカは顔を赤らめた。

「出発前に、準備はあるか? あ、食糧は依頼人が用意してくれる」
「防寒着とか、雪の上で履く靴とかって、いくら?」
「……考えてなかった。いくらだろう」
「いつも使うものではありませんし、レンタル屋がある事にしてはいかがですか?
できれば、レンタル代は必要経費として依頼人が出してくれれば、なお良しですが」
「じゃ、そういう事でいい」
「僕は、弓矢……ショートボウとアロー2ダースを買いますね」
「わかった」

「山を登っていくと、雪がちらちら降ってきて、やがて一面の銀世界になった」
「そろそろ出るかなぁ。『オーク』を作って、パーティの前を歩かせておくよ」
「確か、小型のウッド・ゴーレムだったな。戦力にはならんだろうが、的だな」
「そうそう、何ラウンドか稼げればいいの」
「おっと、忘れるところでした。僕は『ラック』の魔法をかけておきます」
「それは、何だ?」
「回避などの防御的な判定に限り、一回だけ失敗を成功に変えられる、『チャ・ザ』の特殊神聖魔法です」
「ユニークだが、非現実的な術だな」
「現実の治癒魔術と違って、神様頼りですからね」

「さらに登って行くと……えぇと、レンジャーの危険感知の判定をしてくれ」
「来たな」
ドグマは手の中でチャリチャリとサイコロを転がした後、力強く振った。
サイコロは4・6を上に止まった。
「よし、14だ」
「んじゃ、危いところで雪の中に目が光ってるのに気づいた」
「よし、ぶちのめす」
「敵が『オーク』襲ってる間に一発だけ『スリープ・クラウド』行くね。
寝なかったら、その後は『プロテクション』とかの補助系かけていくよー」
「僕は、前線維持は兄上にお任せして、後ろから回復しましょう。MPを使い切ったら、弓で攻撃しますよ」
「よかろう、行くぞ!」

「スノー・パンサーは、断末魔の咆哮をあげて、どうっと雪の上に倒れた」
「よし。とどめをさして、山頂を目指すぞ」
「葬ってやりたいところですが、依頼人の安全を考えると仕方ないですね」
「何時間か山を登っていくと、やがて山頂に着いた」
「妖精さんは、居るかなー?」
「居ない」
「居ないねー。どうするの、ラッセル?」
「ラッセルは言う。
『現れるまで、待つ! 一週間は粘るぞ!』
そして、テントを張り始める」
「仕方ないですね。まぁ、そのくらいならお付き合いしましょう」
「根性は褒めてやろう。せいぜい、この気候で倒れんことだ」

「えーと。それから三日、何事もなく過ぎた。
ラッセルは、風景のスケッチをしたりしながら過ごしてる」
「雪ダルマ作ったりして、待ってよう」
オロカは手元のメモに目をやって、ごくんと唾を飲み込み、顔をあげて先を続けた。
「四日目の早朝、まだ薄暗い時間。鼻や耳が痛くなるほどの、キンとした冷え込みだった」
「火を焚いたら、雪の妖精は来んのだろうかな」
「そうかもしれません、控えておきましょう」
「やがて、日の光がわずかに差し込んで、空中がキラキラと煌めいた。
ラッセルはテントから出てきて、白い息を吐きながら呟いた。
……『すげぇ。これがダイヤモンドダストか』」
「あっ、テレビで見たことあるー」
「その時、頭上高くから、ぽぅっ、ぽうっと白い光が蛍火のように降ってきた」
「あっ、何かくるよ、ラッセルー」
「ラッセルは息を飲んで、無言で見上げてる。
キャッキャッと高い笑い声が、空から聞こえてくる。
光をまとって降りてきたのは、ガラスのように透き通った羽を広げた、小さな妖精たちだった」
「きたー♪」
「妖精たちは皆を珍しいものでも見るように集まってきて、顔を覗き込んでくる。
ラッセルがフェアリー語で何か言って頭を下げると、一瞬キョトンと顔を見合わせた。
そしてニッコリと笑って頷きあうと、皆の頭の上や肩の上に乗って、ビシッとポーズをきめた」
「……」
「……」
三郎と暗示郎は、ドグマを見やった。
そして、申し合わせたかのように二人とも、"大人のドグマ"の頭の上に妖精が乗っているところを想像した。
「……ぷっ」
「くくく……っ」
「なっ、何を笑うか! 何がおかしい!」
「す、すみません……」
「ドグマ、今は! 今は何も言わないで! 腹がよじれるぅ!」
何がそんなにウケたんだろうと、オロカは首を傾げていた。

「これでセッションは終わりだ。ミッション成功で、経験点は1017点。
……こんなんで、良かったのかな……」
オロカが不安を露わにして問うと、三郎と暗示郎が笑顔で答えた。
「綺麗でしたよ。目の前に浮かぶようでした」
「やぁ、ロマンチストだとは思ってたけど、こんな可愛いシナリオ作るんだねぇ。うーん、可愛い可愛い」
「きっ、綺麗とか可愛いとか言うなっ、恥ずかしい」
オロカは耳まで赤くなった。
「作っておいて恥ずかしがるな。堂々としておれ、馬鹿者」
ドグマが、頬杖をついて言った。

 

 

5.

「それにしても、家の中で魔術の練習なんて、危なくないのか?
うっかり暴発して、火事になったりしないのか?」
集団儀式の練習を眺めていたオロカが、口を挟んだ。
指揮棒で自分の肩を叩きながら、ドグマが答えた。
「その心配はない。魔術とは、呪文さえ唱えれば発動するというものではない。
精神を集中し、己の中の魔力を引き出し、魔力の流れを制御して、始めて発動するのだ。
無論、練習とはいえ、今の段階では一人か二人ずつ順番にそれを行っているが……
集団儀式の場合は、誰か一人が魔力を引き出していなければ、発動しない」
「んと……」
「例えれば、矢をつがえずに弓を引く練習をしているようなものだな」
「ふーん……それなら安全そうだな」

「よし。手間取りはしたが、だいぶ上達したな」
「おかげさまで……」
三郎は、魔力の消耗以上に気疲れを感じて、汗を拭った。
「では、これより本番を行う。外に出ろ」
「はい……」
「はーい♪」
「あ、俺も……」
特にやることはなかったが、オロカもドグマらに続いて外へ出た。
 
 
 
「ん……」
地面に降りた三郎は、空気がピリッとするような感覚を覚えて、周囲を見回した。
「どうした、三郎?」
「何かが……こんな時は何かが……」
三郎は、少し膝を曲げて腰を低くし、"何か"の襲来に備えた。
これが一人旅なら、既に脱兎のごとく逃げ去っているところであった。
三郎の様子を見て、オロカは慌ててドグマと暗示郎を背に庇うように前に出て、刀を構えた。
ドグマと暗示郎も、周囲に目を向けた。

三郎は、森の奥から押し寄せる黒い霧のようなものを見た。
「き……うわッ!」
彼が、警戒を促す暇もなかった。
四人は、ワァァァンと唸るような音と共に、猛スピードで飛来したそれの中に飲み込まれていた。
露出している顔や手に、ビチビチビチッと、大量の小さなものが当たるのを感じた。
それだけでなく、服の上からも全身びっしりと、3cmほどの羽が生えた生き物が取り付き、蠢いていた。
「む、虫?」
羽虫の数があまりにも多く、視界が遮られて、四人は互いの姿すら良く見えなかった。
「うおッ!」
オロカは刀を振り回したが、何匹か潰したところで焼け石に水であった。

「いッ! 痛ぁッ!」
ドグマが、悲鳴をあげた。
「ドグ……いてッ!」
後ろを振り返ったオロカも、全身に針を突き刺されるような痛みを感じた。
自分の苦痛はこらえて、オロカはドグマの小さな体を強く払った。
ぬるっとした感触がして手をみると、羽虫のぷっくり膨らんだ腹が潰れ、赤い血が流れ出ていた。
「血! こいつら、血を吸ってる!」
死骸をよく見ると、口元には管状の長く鋭い針が生えていた。服ぐらいは、簡単に貫かれてしまいそうだった。
払った箇所に羽虫が居なくなったのも一瞬の事、あっという間に新しい羽虫で覆い尽くされた。
……どうすりゃいいんだ……この様子じゃ、逃げたってしつこく追ってくるだろうし……
このままじゃ、骨と皮だけになるまで吸われちまうかも……特に、体が小さい分ドグマはヤバい!
オロカはぞっと、血の気が引く思いがした。
「痛ッ……何なんですかッ……痛ッ!」
「いやぁぁ、何とかしてーッ! 痛いいたいイタイ! 僕は美味しくないよッ!」
三郎と暗示郎も、体を叩きながら悲鳴をあげていた。

「ド、ドグマ……しっかり……!」
無駄とは知りつつも、オロカはドグマの体に取り付く羽虫を払いながら呼びかけた。
「……うッ……うぐッ……あぅッ……!」
ドグマは、皮膚を刺し貫かれる痛みに、ビクッビクッと身を震わせていた。
痛みに過敏な、彼の幼い体には特に、相当の責め苦であった。
しかし彼は、それでも打開策を見出そうと考えていた。
「む、虫には言うことを聞かせられないのか?」
「でっ……できたら、やっとるわ……つぅッ!
『ファナティック・スレイブ』は、最低でも犬猫程度の知能がなければ効かん……ッ!」
オロカの質問に、ドグマは叫び返した。

「兄上、湖まで退避しませんか。水に潜ってやり過ごせば、引いてくれるかもしれません」
「こんな状態で、そこまで行けるか……あぁッ!」
三郎の案を、ドグマはふらつきながら一言で却下した。
「なら、僕がお連れします、空を跳んで……
この視界では、行くのはともかく、戻ってくるのは難しいかもしれませんが、兄上だけでも先に……」
差し出された三郎の手に、ドグマは首を横に振った。
「それもひとつの手ではあろう、が……」
……オロカと暗示郎はどうするのだ。ほぼ視界ゼロの中、歩いて来いと言うのか。
先に行ってのんびり待っておったら、奴らが失血死していた──では、洒落にならぬ。
それに、そんな消極的な手で、本当に良いのか? 水の上で延々と待ち構えられたら、どうする?
仮に引いてくれたとしても、また襲撃されたらと思うと、おちおち暮らしていられぬ。
「……その手は、どうしようもなくなった時で良い」

……集団儀式の練習で、かなり消耗している……無駄撃ちしている余裕はない……
ぐずぐずしていると吸い殺される……この痛みでは長時間の詠唱も難しい……ならば、少々の犠牲は覚悟で……
「三郎! 暗示郎!……ぐぅッ……『ファイア・ストーム』で、一気に焼き払うぞ!」
「い、いきなり、ぶっつけ本番ですか!? 無理ですよ! 第一、こんな中じゃ、ろくに集中できませんよ!」
主に、痛がりな上、子供の体というハンデを抱えた兄上が──とは、三郎は言いづらかった。
痛みに精神集中を妨げられて制御に失敗すれば、反動で何が起こるかわからないという不安要素があった。
「し、しかも僕らごと焼くわけ!? 死んじゃうよ! ウェルダンはイヤー!」
暗示郎が、泣きそうな声で言った。
「黙れ! それが最善の手だ! 練習どおり、私に合わせろ!
うぅッ……心配いらぬ、効果範囲は最大に、火力は最低にする! 虫程度、それで焼ける……あぐッ!」
苦痛にあえぐドグマの声を聞いていると、三郎はとても練習どおりに行くとは思えなかった。
「しかし、ですね……初めてで、さらにそんな細かい調整……ただでさえ、兄上はお体が……」
反論しかけた三郎の言葉を封じるように、ドグマは大声で怒鳴った。
「私を、信じろ!」
そう言われると、三郎は返す言葉を持たなかった。
「わっ……わかりましたよッ!」

互いの姿が見えるように、四人は歩み寄った。
「虫ケラごときに殺させん」
……私も、おまえ達もな。
痛みをこらえ、ひたと見上げてドグマは言った。
……殺させない……
ドグマの言葉に、それぞれの思いが呼び起こされた。
三郎、暗示郎、それにオロカは、黙って頷いた。

「行くぞ!」
ドグマが指揮棒を振り上げ、三郎と暗示郎は息を合わせた。
『吹き荒れよ風。舞い踊れ炎。すべてを焼き尽くし、灰塵と化せ!』
三人の声が、美しいハーモニーを生み出した。
虫を吸い込まないよう鼻と口に手を当て、ドグマはすうっと息継ぎをした。
「うおぉぉぉッ!」
叫びと共に、一気に魔力を解放した。
空間を、まばゆい緋色の炎が駆けぬけた。
一瞬でそれが消え失せると、地面を焦げた羽虫の死骸が埋め尽くしていた。

「ふぅ……」
ドグマは、安堵の吐息をついた。
体の力が抜けて、がくりと膝を折った。オロカが、慌てて後ろから肩をつかんで支えた。
「うぅぅ……っ」
体をさいなむ苦痛──軽い火傷と、羽虫に刺された痛みの名残に、ドグマは低くうめいた。
『萌え出ずる生命の息吹……』
暗示郎が、急いで"軽傷治癒"の呪文を唱え始めた。
「あ、兄上……お苦しいのですか? 神経に障ったのでは?」
ぐったりとオロカに体を預けたドグマに、三郎は声をかけた。
ドグマは昔から神経系の障害を抱えており、そちらが悪化したのではないかと、三郎は心配になった。
「大事無い……慣れん術で、余分に消耗しただけだ。傷は浅い。それより……」
ドグマは、三郎の長い後ろ髪を指差した。
「あっ、あちちちッ!」
三郎は、慌てて髪に燃え移った小さな炎を叩き消した。

第5章「聞くに耐えないエレキギター」>>

 
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