Bitter like the Candy

 誰かが侵入した気配がして、私 はディスプレイから顔をあげた。
伸びをして肩をまわすと、骨が鳴る音が聞こえる。相当凝っていたようだ。
 
 時刻は午前二時、しかし、このステージ「伸びるビル」にとってはまだ宵の口だ。
窓の外ではモーターや大型機械の唸りが遠く聞こえ、天に向かってそびえる煙突からは、月すら隠すほどの黒煙があがっている。
まだ、この町は眠らない。いや、眠れないのだ。デスクに積まれた書類の山を見ながら、私はそっとため息をついた。
  
 侵入者の気配は、隣の部屋からだった。誰が来たのかも、言いたいことも見当はつく。
そもそも、他人のステージに許可無く、しかもこんなに近くに侵入できるのは、ごく限られた者だけだ。
私の許可を得ていない者は、この「伸びるビル」の1Fから無限の階段を登ってやってくる。
この階に来るころには、立つのもやっとの状態で、私と戦うどころか話す気力もうせているだろう。
階段を使わない「裏口」から入れるのは、今の所二人。そして、おそらく「好意で空けている方」ではなさそうだ。

 ノックの音に、仕方なく「入れ」と言ってやると、ニヤけた顔の長髪の男が入ってきた。
「いよぅ!ドグマちゃ〜ん。やってるねぇ。」
「まあな、誰かのせいで忙しいんでな。何の用だ、イエソド。」
「いや〜、相変わらずつれないねぇ。根詰めてるみたいだからさ、陣中見舞いに来てやったのよ。
どう?お前のステージに合わせて、スーツ着てみたんだけど。」
そういうと、奴 - イエソド - は、私のデスクの前まで歩み寄ると、クルリとターンしてみせた。
白いエナメルの靴に、金ボタンのついた白いスーツ、ちらりと見えた裏地は赤いペイズリー柄だ。
紫のサテンのシャツに金色のネクタイを着けて、わざわざめかしこんで来てくれたという【思いやり】に、めまいがする。
私は二日ほどヒゲも剃っていない状態だというのに。

 「…で、用件はなんだ?
お、ま、え、の、せいで、私は根を詰めているのだが?1分1秒も惜しい状態なんだ。
それを理解した上で邪魔しに来たんだろうな?」
「邪魔だなんて人聞きの悪い。私はただ、そろそろ休まないと明日にひびくといいたいだけで…」
「では、この積みあがったタスクは誰のせいだ!言ってみろ!
おまえブラァン の目立ちたがりと! おまえ暗示郎の八方美人と! おまえイエソドのおせっかいと!
おまえ三郎の逃避で!こんな事になってるんだろうが!!」
思わず立ち上がり、デスクに積んだ書類を叩きながら告げると、奴は一瞬言葉に詰まらせた。

 「いや、おまえの役割はよくわかるし、 サクラにとって、今は引けない状況だって言うのもよくわかる。
だからって、全部抱え込まなくていいだろう? お前ドグマの完璧主義なところや、妙に意固地になってるところが、
事体を悪化させていると思わないか?
なぁ、ドグマよ。
おまえのエリアから出る排ガスが、スペアやエラーどころか、マルセルのところまで広がってるんだ。
おまえは確かに強力で仕事もできる。ただ、全体のバランスを考えると、ちょっとやりすぎだ。
おまえも私の役割は知っているだろ?」

 接続者(プロバイダ) - イエソドの役割は、私たちパペットが、表層意識であるサクラや他のパペットと繋がることができるように、道(チャネル)を整備することだ。イエソドは、"エイリアスの羅針盤"を使ってエリア間を渡り、チャネルを開通させる。
逆に、チャネルを封鎖し、そのパペットが表層に出ないようにすることも可能だ。
勝手に他人のエリアに侵入できるのも、羅針盤の力、つまり接続者の役割に拠るものだ。
 
「おまえが突っ走りすぎると、サクラが壊れてしまう。
そうならなよう、一時的にチャネルを閉じておまえのエリアを隔離なければならないんだ。
私だって、そんなことはしたくない。おまえもパペットの一員だし、サクラの一部だ。だから…」
「わかっている。
だが…  サクラがやらないと、誰がやるというのだ。
期限は明日だ。なんとしても、やり遂げなければ、 サクラだけでなく、チーム全体に迷惑がかかる。
それは絶対避けねばならない。第一、 サクラが『やる』といった以上、任せてくれた仲間に申し訳が立たん。」
私だって、過労で倒れそうな体も荒れていく魂も、よくわかっている。投げ出したいのは、山々だ。
だが、ここで折れてはいけないと、私の「病理」が突き動かしている。
私に答えるように、窓の外の工場が吼えるようなモーター音をあげた。

 「やれやれ。相変わらずカタいな。ちょっと見せてみろ。」
更に身を硬くした私を見て、イエソドが肩をすくめ、デスクの上に積んだ書類をとってパラパラと眺めた。
なにやらつぶやきながら書類を山に戻すと、広げてあった工程表に線を書き足し始めた。
「このプロセスは遅らせられないが、モノの手配自体は明日じゃなくても大丈夫だ。
これは、他の奴でもできるだろ。上に頭下げて、手伝い寄越してもらえ。
こっちの書類は、朝一で先方に投げれば、夕方には間に合う。文言は朽葉に考えてもらえ。」
そういいながらてきぱき割り振っていくと、聳え立つタスクの山が細切れになり、周囲に分散していく。 
「よし、これでなんとかなる。」
ハハハと豪快に笑う姿に、肩の荷が下りるようだった。
ああ、そうだ、確かにそうだ。頑張ることは大切だが、自分だけでなんとかする必要は無い。
私が居て、こいつが居て、三郎やシモーヌや朽葉が居るように、 サクラの周りにも、沢山の人が居る。
こいつはそれをいつも気づかせてくれる。

急に力が抜けて、椅子に崩れ落ちるように座ると、イエソドが何かを口に入れてきた。
軽く噛んで確かめると、直径2cmくらいある大きなアメのようだ。
「あと30分。その書類だけキリがついたら、今日は終わりにしろ。それ舐めて、もう少し頑張れ。」
「フン、眠気を取るなら。アメよりガムのほうがありがたいのだがな。」
「ああ、噛むなって。
それはブラァンがくれた『移り気キャンディ』って奴でな、舐めている時の気分によって味が変わるんだよ。
噛んだら長く楽しめないだろ?」
「チンタラ舐めているのは好か… っんぐっ!ゲホッ!なんだこれは!」
「ん?ミントか?いや、香りからすると、わさびだな。
よかったじゃないか、眠気が取れて。」
そういうと、イエソドは自分の口にも白い飴玉を放り込み、コロコロ口の中で転がした。
「あまりカリカリしていると、人生楽しめないぞ?ドグマくん。」
こちらに顔を突き出してべぇ と舌を出すと、白かった飴は既に真っ赤になっていて、近づいた吐息に甘ったるいイチゴが香る。
ヤクザみたいな大男とイチゴ。珍妙な取り合わせが妙におかしくて、私は思わず噴出してしまった。
笑っている私の様子を見て安心したのか、イエソドも満足そうに微笑む。

「イエソド、世話をかけたな。」
「いや、私は私のできることをしたまで。じゃぁ、早く休めよ。」
ヒラヒラと手を振って退出した姿を見送って、私は改めてパソコンに向かった。
窓の外は煤煙の向こうにうっすらと、欠けた月が見える。
口の中のキャンディは、いつの間にか甘くてほろ苦いコーヒー味になっていた。









作者コメント

作品は、ドグマとイエソドのお話です。
イエソド系の、ユルユルだけどしっかり見ててくれる上司の下で
放牧されてたときは楽だったなぁ、というお話。
それを思い出しながら書いたら、ホモくさくなってしまいました。
なぜだ…!
なお、アメは噛んで食べる派です。

補足ですが、
作中の「好意で裏口をあけてやっている奴」は、朽葉を想定しています。
私のイメージの朽葉とドグマは喧嘩友達というか、
頭の回転やベースとなる教養レベルがそろってるイメージで
互いに「唯一弱音を吐ける奴」「ウィットが利いた毒舌が心地いい奴」と
認め合っているような間柄です。
けど「異性として見れない」とおもってそう。

朽葉はエラーや三郎など成長させ甲斐のある相手
(だメンズとも言う)に惹かれ、
ドグマはマルセルみたいな家庭的でか弱い子が好みでしょう。
ただし、捕まえたらイエソディアだったという地雷も、何度か
踏んでるんじゃないかと。

マインド パペット
Cheers!
きよさん
 
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